The World Cup is over.....
ワールドカップが終わった

7階客室の窓にアイルランド国旗が掲げられた5月31日、「日韓共催サッカーワールドカップ」の始まりの日。それは当館にとって、嵐にもまれながら、必死に櫂を漕ぐ小舟のようにして過ごした一ヶ月の始まりの日でもありました。


 「一生に一度」のイベント、と言う人がいました。確かに、当館でもそんな風に言いたくなるような出来事の連続した一ヶ月間でした。第一、イングランドを中心とした大勢の外国人サポーターが集まりました。結果的に、ほとんど同じ顔ぶれの人たちが一ヶ月近く当館で合宿のような生活をしました。第二、そのサポーター達を取材すべく、一時はその数に劣らないくらいのマスコミの人たちが取材に来ました。

 迎える側がそうなら、来る人たちもほとんどが「once in a lifetime - 日本に来るのはおそらく最初で最後 -」。一ヶ月間、疾風のようにも吹き荒れ、怒濤のようにも押し寄せた 「一生に一度」の嵐。出会い、期待、勝利、Draw、歓喜、祝福、Mt.Fujiニ行キマシタ、敗戦、疲労、落胆、Sayonara、そこにクロスオーバーする取材の人々。そして少しばかりのサッカー談議。

 思い出すまま、備忘として、いくつかの一期一会を書き留めておきます。


PART 1

想像もしていなかったこと、、。「安宿」に外国人サポーターが来る!というニュアンスで新聞の取材を受けたのが5月下旬。それが記事になるや、テレビ局から取材依頼の電話。取材。5月末放送。放送を見たという未知の方からメールが届く。「英語」のボランテイアが必要ならばお手伝いして頂ける、とのお申し入れ。通常は特に「外国人宿」というわけではない当館で、50名以上、宿泊客の8割が英語をしゃべるお客様である、という異常事態。すがるようにボランテイアをお願いする。

シノベさん、ご苦労様でした。そして、どうも有り難うございました。ワトソンくん、モレイラくん、その他の人たちが楽しく過ごす時間を持てたとすれば、その何割かは、間違いなくシノベさんのおかげです。

ワールドカップの期間、ボランテイアのお申し入れを頂いて、そしてお願いする、なんて、、。こんなことが起こるとは、全く想像していなかったことでした。

テレビその他取材が殺到すること、、。6月の第一週。「安宿」にイングランド人サポーター!と一つの局が放送すると、雪崩を打ったように各チャンネル、時には同じ局からいくつかの違う番組、新聞、雑誌、、。ワールドカップ関連の話題に遅れてはならじ、と続々取材の依頼が来る。その都度、「サポーター本人の同意があれば、、」と依頼を受ける。気がつくと、同時に2,3組の取材が重なるほど殺到。

当方、目の前で起こっていることの実感がつかめず、ただ流されていく木の葉のようで、呆然とする。一方で、毎日取材の人が来るということを、まるで普通のことのように感じ始めて、ただ慌ただしく、平然としている自分にも気がついて、ちょっと驚く。

NHK、NTV、TBS、フジ、テレビ朝日、TV東京、ニッポン放送、文化放送、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞、週刊朝日、Numberなんていうところからも取材が来る。BBC、ドイツ国営放送、The Times、共同通信、Reuters、などと言われるにいたっては沈黙するほかない。みんな旋風のように通り過ぎる。未だに、起こったことの記憶の断片が心の中で踊るばかりで落ち着かない。整理できない。当館にとってあの全体は何だったのか、まだ余韻の中で揺れている感じで、理解ができない。あれは何だったんだろう。ワールドカップが来た、そして、飲み込まれた!

A STAR IS BORN. 取材陣は変わっても泊まっている人に変わりはないので、連日の取材攻勢にサポーター達は次第に「取材慣れ」の気配。そんな中、Mr. Lee Watson、ワトソンさんがフジテレビの番組の「追っかけ」取材を受けることに。大宮、札幌、大阪、そして、静岡、と「珍道中」の放送が第3弾か4弾まで続いて、終わりの方ではすっかり有名人になっていました。上、背中に赤い文字のある白いシャツを着て座っているのがワトソンさん、向こうでたって指さしている人が彼を有名にした「とくダネ!」という番組のデイレクター氏。これはまだ彼らの「デビュー」前、当館ロビーで。

  
上の画像、シノベさんのページから拝借しました。

後日、ワトソンさんからのメール。ここに引用して差し支えないと思うので、備忘として、。

Thank you for the best 5 weeks of my life,
i hope i can come to Japan again and see you.

Lee Watson san.
P.s Japan is the best country i have ever been to.

PART 1 終わり 7月20日 2002年 (町田)

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